タイ代理出産問題は相続税対策だったのか?

a0001_016393 2014年8月、タイのメディアで「日本人男性がタイ人女性に代理出産をさせた子ども12人が保護されている」というニュースが報道されました。当初は「人身売買目的での子作りではないか」とも言われたこのニュースの全貌は中々明らかにならないまま現在に至っています。この男性は日本でも有名な大手ITベンチャー企業創業者の御曹司で、弱冠24歳の若さにして総資産100億円を誇り保有している、と報道されていますが、株式の配当だけでも年間1億円は下らないという資産家であるということから「相続税対策、贈与税対策として海外で子どもを作りまくったのではないか」という説がまことしやかにささやかれています。

そもそも代理出産とは何か?

代理出産とは正確には「代理母出産」といわれ、女性(代理母)が別の女性から依頼を受け、代理母の出産後に子どもを引き渡すという前提の元に女性に代わって妊娠および出産をすることを指します。一般的には夫婦の受精卵を代理母の子宮に入れたり、第三者から提供された精子、または卵子を夫婦の一方の精子、または卵子と体外受精させ、その受精卵を代理母の子宮に入れる、といった方法で行われます。 日本において代理出産を明確に禁止する法律は存在しませんが、1983年に日本産婦人科学会決定した会告によって自主規制がされています。 一方で子どもを望んでいるにも関わらず中々子どもが出来ずに悩んでいる女性や夫婦は数多く存在しています。彼ら彼女らが遺伝子的な繋がりを持つ子どもを持とうとすると、現代の医学では代理出産以外の選択肢はなく、代理出産が認められている海外、例えばアメリカやインド等に渡るケースが少なくありません。タイはインドのように明確に代理出産を合法としているわけではありませんが、代理出産を規制する法律もないこと、アメリカやインドと比較して費用が格安であるということから、近年は日本人に限らず世界中から代理出産を求める人たちが多く集まっているのが現状です。

代理出産は相続税対策になり得るのか

日本では代理出産は行われていませんので、この問題は「海外で行われた代理出産により出来た子どもに関して」という前提がつくことになります。そして相続税対策としての代理出産を考える上では「相続する財産の所在地(国内か国外か)」、「代理母が出産した子どもの国籍」の2つが問題となってきます。 日本人男性と結婚していない外国人女性が海外で出産した場合、その子どもの国籍は子どもの出産前に男性が「胎児認知」をしていれば出生と同時に日本国籍を取得することになります。出生後であっても子どもが20歳未満であれば、父親が認知届を提出した後に法務大臣に届け出を行えば届出の時点で日本国籍を取得することが出来ます。逆に言えばこれらの条件に当てはまらなければ日本国籍を取得することは出来ず、子どもは外国籍ということになります。タイでタイ人女性の代理母が出産した子どもであれば、父親である日本人男性が認知しない限りはタイ国籍になるということです。 2013年4月1日以前までは、海外居住の外国籍の子どもが財産を相続した場合、国外にある財産には相続税、贈与税がかかりませんでした。そのため、子どもや孫に外国籍を取得させたり、代理出産によって海外に子どもを作って相続税の課税を逃れようとするケースが数多くあったようです。 しかし2013年の相続税法改正によって「海外居住の外国籍の相続人」が日本に居住している被相続人の財産を相続する場合は、相続財産が国内にあろうが国外にあろうが、全て課税の対象となりました。もしも海外居住の外国籍の相続人に相続税が課されることなく国外にある財産を相続させたければ、被相続人自身も生前海外に居住している必要があります(国内にある財産に対しては無条件に課税されます)。 つまり「相続させる財産が海外にある」「相続人たる代理母が出産した子どもは海外在住で外国籍である」という場合、代理出産は相続税対策になり得る、と言うことが出来ます。 婚姻関係にある女性が出産することの出来る子どもの数は事実上限られて来ます。結婚、離婚を繰り返すのであれば話しは別ですが、1人の女性とずっと婚姻関係を継続するならば、女性の高齢化に伴って生物学的に妊娠、出産は困難になるからです。一方の代理出産は男性に生殖能力がある限り、代理母を変えることによって子どもをたくさん作ることが出来ます。自分の財産の相続人を増やすという点においても代理出産の活用には意味があると言えるかもしれません。

改めてタイの日本人御曹司代理母出産問題を考えてみる

この男性は高校卒業後に香港に渡ってからは海外の複数の拠点を転々とする生活を送っているとされています。男性の財産が国内にあるのか、国外にあるのかは不明ですが、財産を全て国外に移すということは可能です。最近は東日本大震災やそれに伴い発生した原発の問題、国家財政のひっ迫や長引く不景気などによって日本の先行きが不透明であるということで財産を海外に移転させる人が増えていますし、この事自体は特に難しい問題ではないでしょう。 子どもの国籍の問題ですが、前述のように本件の場合は日本人男性が認知をしなければ自動的にタイ国籍となります。相続、贈与対策として考えた場合、自動的に日本国籍を取得出来ないことがデメリットになるのではなく、自動的にタイ国籍となることがメリットであると言えます。 つまり彼自身が日本国内に居住実態を作らない、と決意をすれば、海外の代理母に産ませた子どもに国外で保有している財産をそっくりそのまま移転することは可能です。 タイには贈与税も相続税も存在しないため、税金対策であれば彼自身がタイ国籍を取得してしまった方が早いのではないか、という意見もあるようですが、日本は(原則として)二重国籍を認めていないので、男性がタイ国籍を取得するということは日本国籍を捨てることとイコールになります。つまり完全にタイ人となり、日本人ではなくなるということです。いかに男性が規格外の資産家といえども、そこまでのリスクを背負ってタイ国籍を取得することはデメリットの方が多いでしょう。 こうして考えてみると、この男性の今回の行動が自らの財産の相続税対策であるという説は一定の説明は出来るものの、完全に腑に落ちるかと言えば必ずしもそうとは言えません。「なぜ24歳の若さで、しかも独身の男性がそこまで贈与税対策、相続税対策を切実な問題として捉える必要があるのか」「なぜ10人以上もの子どもを作る必要があったのか」など、説明のつかない疑問がいくつも思い浮かぶからです。 時価100億円とも言われる財産を既に保有し、働かずとも毎年1億円以上の配当収入があるという資産状況を私たちは現実感を持って考えることは出来ませんし、桁外れの資産家ならではの悩みがあるのかもしれません。しかしあるいはひょっとして、贈与税対策でも相続税対策でもなく、彼独自の人生観や宗教観、世界観といったものが理由でこれだけの代理母出産に至ったのかもしれません。いずれにしても全ては推測に過ぎず、真相は男性のみが知っている、ということになります。色々と興味深いニュースであることは間違いありませんが・・・。”

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