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ジミヘンの遺産100億をめぐっての相続トラブル

ニュース・コラム 2015年12月8日 閲覧数:877
20世紀最高のギタリストと崇められるジミ・ヘンドリックス。そんな彼の遺産はいくらだったのでしょうか? また、どのような相続がされたのでしょうか?


Original Update by Evan Clark
 

ジミヘンの生涯(1942-1970)27歳での若すぎる死

ジミヘンはアフリカ系父親のアル・ヘンドリックスとインディアン系母親のルシールの間に生まれました。

兄弟としては弟のレオンがいます(異母兄弟という説もあります)。

母ルシールはその奔放な生活の末、ジミヘンが幼少の頃に亡くなります。よって、子供の頃はおばさんのところでちょくちょく世話になったなったようです。

ギターとの出逢いは15歳のとき、さまざまなレコードを聞いてはギターの音と合わせ、独学で練習しました。この時に、音感とテクニックを収得したのでしょう。

その後、ジミヘンは一旦は軍隊に入りますが、20歳もすぎるとバックミュージシャンとして、活躍し始めます。
目立つ存在であって、その卓越した技術から頭角を現し始めます。彼の才能に皆が気づき始めました。

24歳(1966年)になってデビューをはたします。ここから破竹の勢いでその名声が広がります。
翌年1967年6月のモンタレーフェスティバルの映像がギターを燃やした有名な映像として残っています。

なんと、亡くなったのは、このたった3年後になります。
1970年9月18日ロンドンのホテルで女性と二人でいるところでした。嘔吐物による窒息死とされています。
 

ジミヘンの遺産は約100億円!

たった4年間の活躍でしたが、ジミヘンの遺産はなんと8,000万ドル(約100億円)!

メジャーデビューしてから4年間で築き上げた資産としては桁違いです。

ジミヘンの相続トラブル

相続人はだれか?で大もめ!


ジミヘンが亡くなり、その財産を受け継ぐ相続人を決める段階になって、父親アル、弟レオンのほかにも様々な人物が手をあげてきました。

さまざまな女性や、ジミヘンとの子供だという主張が出てきたのです。

結局は父親がジミヘンの肖像権著作権管理会社、「エクスペリエンス・ヘンドリックス」という会社を立ち上げ、裁判を通じて権利を取得しました。

ただし、解決したのは1990年代半ば。亡くなった1970年からすると実に20数年ということになります。

 

やっと決着がついた、でもまたトラブル


ジミヘンの著作権管理会社「エクスペリエンスヘンドリックス」ですが、2002年に代表者だった父親アルが亡くなります。

そこでさらに遺産相続でもめることになるのです。

アルは、後妻に日系の女性を迎えいれていました。アルとその女性の子供にジェイニー・ヘンドリックスが生まれていました。

アルが亡くなった後、会社の管理をジェイニーに任せるという遺言書が出てきたものだから、ジミヘンの弟のレオンとの間で訴訟が起こってしまいます。レオンは生活がかなり乱れていたため、遺産を相続させたくないとアルが思ったようでした。

結局裁判所は2004年に遺言書の有効性をみとめ、アルの息子であるジェイニーが相続することとなりました。

なお、アメリカの相続法には遺留分は存在しません。
夫婦の場合に財産がそれぞれ半分ずつ権利がある以外は遺言書や信託がすべてということになります。
 

その後

その後、ジミヘンのレコード等の販売権は2009年にソニー・ミュージックエンターテイメントが獲得して、2010年に新しいアルバムが発売されました。

ジミヘンは、こんな相続狂騒曲は演奏したかったのか今となっては知る良しもありませんが…。
 
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