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徳川家康の辞世の句「先に行く、あとに残るも、同じこと」

ニュース・コラム 2016年4月29日 閲覧数:447

長い戦国の乱世を終わらせて、世界にも類を見ない泰平の世を創りだした徳川家康。その辞世の句にこめられた想いとはいったいどのようなものであったのでしょうか。この記事では、徳川家康の辞世の句について紹介します。

戦国武将たちの生き様が一首に凝縮された「辞世の句」

戦国乱世を生き抜いた英雄たちは、常に命を張りながらの波乱万丈の人生を過ごしていました。人生の最後を飾る「辞世の句」は、当然ながら人生観が滲み出ています。
戦国時代ですから、病床で読まれた句だけでなく、切腹や自害して果てる直前に詠まれたものも多く、散り際の美学を深く感じさせる「辞世の句」が数多く遺されています。
 

徳川家康の人生と「辞世の句」

徳川家康の辞世の句には、2つが知られています。

先に行く あとに残るも 同じこと 連れてゆけぬを わかれぞと思う」

「嬉やと 再び醒めて 一眠り 浮世の夢は 暁の空」
 
諸説ありますが、1つ目の句について掘り下げてゆきたいと思います。
「先に行く…」の部分は、家臣に対して先立つと言う意味を示しているものと思われます。そして「あとに残るも…」は遺された家臣団のことを示し「連れて行けぬを…」はこの世のおわかれを示していると考えることができます。
 
ただし、現代の我々の感覚だけで読み解こうとすると、句に託された本当の意味を見落としてしまいます。
徳川家康が250年の太平の世の礎を築いたと言えども、まだまだ戦国時代の名残が色濃く残っている頃に詠まれた辞世の句です。
当時は、主君が亡くなると後を追って自害することが美徳とさえされていました。そのことを考慮すると家康の辞世の句に託された意味が浮かび上がってきます。
辞世の句は「遺言」そのものではないですが、武将の信念や想いが短い言葉の中に凝縮されていて、後世になってもその魅力は色あせないものですね。
 

現代における辞世の句と「エンディングノート」

平和な現代に生きる私たちには、戦国武将のように含蓄に富んだ辞世の句を遺すのは、難しいことかもしれません。和歌のたしなみがあったとしても、命を取り合う乱世に身をおいた者にしか出せない凄みのようなものは真似ることはできないでしょう。
しかも遺言書は相続財産の分配を記した目録のような存在で、そこに辞世の句を織り交ぜるようなことはありません。
そこでおすすめしたいのが、「エンディングノート」を利用することです。
エンディングノートは、定められた様式もなく、自分の想いなどを自由に書き記すことができます。遺言書には書けないような心の中の機微までも余すところ無く表現することも可能です。
もちろん辞世の句のように和歌にこだわる必要もありませんし、ポエムでも良いでしょうし、日記のように書き綴るのだって良いかもしれません。
最後を意識して書くよりも、案外日常を書き綴るようなスタイルだと、むしろ飾らない自分をありのまま表現できて、後に読む人にも共感が得られやすいのではないかと思います。
 

まとめ

徳川家康の辞世の句はいかがでしたでしょうか。家康の生き様にも思いをはせながら、自身の終活も振り返ってみるのもよいと思います。
 

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