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私利私欲はまるでゼロ!上杉謙信の生涯と辞世の句「一期の栄は一盃の酒」

ニュース・コラム 2016年5月4日 閲覧数:193

「越後の虎」の異名を持つ上杉謙信。生まれてすぐにつけられた名前が「景虎」、次には「政虎」、最終的には「輝虎」と名乗り、その生涯もまさに虎のごとくでした。軍神と言われるほど圧倒的な強さを見せながらも、領土を増やすことなく大義名分のための戦いにこだわった謙信の生涯と、2つの辞世の句を紹介します。

Original Update by Shinsaku Yagisawa

戦場での強さを認められ一国の主に

上杉謙信は1530年、越後国守護代の長尾家に生まれました。小さい頃、城下にある曹洞宗林泉寺に入門しますが、ミニチュアを使った城攻めごっこに熱中するあまり住職に追い出されてしまったというエピソードが知られています。ごっこ遊びで、武将としての素養をみずから育てていたといえるでしょう。

14歳で元服してからは、長尾家のトップとなった兄・晴景の命で古志郡司となりました。これによって越後中部の反守護勢力ににらみを利かせることとなり、15歳の初陣となった栃尾城の戦いでは、豪族が起こした謀反を巧みな戦術で鎮圧しています。

家臣の黒田秀忠が謀反を起こした際には、兄の晴景をさしおいて討伐の総大将となりこれを制圧。勝ったはいいものの兄弟仲はギクシャクし、家臣は景虎派と晴景派とに分かれることとなってしまいました。そしてついに19歳のとき、兄から譲られる形で家督を相続しています。

さらに守護の上杉定実が没した後は、越後国主となって内乱の続いていた越後を平定しました。このように謙信は、戦場での強さによってまわりに認められ、一国の主へとのぼりつめたのです。
 

信義に生きる軍神

地盤を固めた後は、他国の戦国武将と戦う日々が始まります。24歳の頃から12年もの間、武田信玄と5度にわたる合戦を繰り広げました。最大規模となった4回目の激戦の舞台が川中島であったことから、川中島の戦いと呼ばれている有名な合戦です。

川中島の戦いの合間にも謙信は数々の武将と戦い、圧倒的な強さを見せますが、なぜか領地を増やすことはありませんでした。それは、謙信の戦いは義を重んじ、大義名分を果たすためのものだったからだとされています。

宿敵である武田信玄が今川氏と対立し始めたときのこと。今川氏は、北条氏と協力して武田領内への「塩留め」を行いました。そんなとき、越後から信濃へ塩を送ったのが謙信でした。敵対している相手とはいえ、領民が苦しんでいるのを見過ごすわけにはいかなかったのでしょう。まさに義を重んじたこの行為から、「敵に塩を送る」という故事が生まれました。

そして謙信は、戦乱のさなかにあった27歳のとき、出家を決意し高野山に向かっています。家臣に説得されて出家には至りませんでしたが、戦国武将には珍しい厚い信仰心と、戦で心をまひさせることなく、人間らしく迷う心を持っていたことが分かります。

自らを七福神の一人である毘沙門天の生まれ変わりと信じ、「毘」を旗印としたことからも、純粋な信仰心が見て取れます。林泉寺に入っていた幼き頃からの学識が、謙信の心を深く研ぎ澄まさせたのではないでしょうか。
 

辞世の句 一瞬の人生をまっすぐに生き切る

出家したいという願望は、宿敵であった武田信玄の死後、45歳にして叶えられます。しかし、この直後から織田信長との戦いに身を投じることに。頭を丸めながらも戦乱へと再び突き進んでいった謙信は、越中を平定し、能登に手をかけたところでその生涯を終えることとなりました。最後の合戦となった手取川の戦いで織田軍を撤退させ、次の遠征に向けて準備をしていたさなかのことでした。死因は、脳溢血ではないかと言われています。

謙信の辞世の漢詩は、「一期の栄は一盃の酒 四十九年は一酔の間 生を知らず死また知らず 歳月またこれ夢中の如し」。人生を酒に例えているのが、酒豪で知られた謙信らしく、また無常観に溢れています。あっという間の人生は、戦に明け暮れた日々でした。

またもう一つ辞世の句とされているのが「極楽も地獄もさきは有明の月の心にかかる雲なし」。これから向かう先が、極楽でも地獄でも構わない。心は、有明の月のようにすっきりと晴れ晴れしている、という意味です。己の信じる義を尽くした謙信らしい、潔い句といえるでしょう。
 

まとめ

「越後の虎」「越後の龍」「軍神」といった雄々しい呼び名で後世に語り継がれているように、まさに戦ばかりの生涯であり、子のひとりも遺さなかった謙信。しかし、決して血の味に酔い、独占欲にあかせて戦いを続けたわけではありません。
謙信が戦うのは、争いごとをするためではなく、争いごとを収めるためでした。川中島の合戦のきっかけが、武田氏に侵略された盟友を救うためだったように、助けを求められて戦い、道徳心の欠けた相手に攻め込まれて戦いました。領民やまた他領の民を、混乱から救うために戦ったのです。欲のかけらも感じさせない、気高さを持った武将として知られています。
 
 

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